「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 カウンター席に落ち着いた私たちは、とりあえず最初の一杯のビールで乾杯をした。

「美味しいな」

 ビールジョッキを置くと先生が幸せそうな笑みを浮かべる。

「やっぱり夏はビールが美味しいですよね。それに枝豆も」

 おつまみの枝豆を口に入れて、夏だと感じる。

「暑い日はビールと枝豆の組み合わせが最高に美味しく感じます」
「そうだね」と言って、先生も枝豆をつまむ。

 こうしてただ一緒にいるだけで幸せだ。なんで先生といると幸福感でいっぱいになるのだろう。

「藍沢さんはさ、少しは恋をしてみようって気になれた?」

 二杯目のビールを飲んでいたら、聞かれた。
 ドキッとして、ビールジョッキを落としそうになる。

「いきなり恋バナですか」
「前の恋愛が最悪だって藍沢さんが言っていたから、気になっていたんだ」
「そうですね。最悪でした。しかも初めての彼氏だったのに。今思うと浮かれていたのは私だけで。私、一度も彼氏の家に呼ばれなかったんですよ。変だなーと思っていたんですけど、見て見ぬふりしてたんです。それである日、彼が私以外の女性と結婚すると聞いて」

 はあっとため息をつき、ビールを飲むともう空だった。

「お代わりする?」

 先生に聞かれた。

「はい。でも、次は梅酒が飲みたくなりました」
「いいね。俺も梅酒にしよう。飲み方はどうする?」
「ロックで」
「さすが藍沢さん。俺も同じにしよう」

 先生が梅酒ロックを頼んでくれる。

「さすが藍沢さんって何ですか? なんか私、お酒が強いイメージになっていません?」
「なってるよ。前回、一緒に飲んだ時、藍沢さん、顔色一つ変えなかったもんな」
「顔に出ないだけで、酔ってますよ。私、そんなに強くないですから」

 酒飲みの父と母と比べると、全然敵わない。

「俺より強いと思うよ。俺、前回かなり酔ったから。今日は負けない」
「えー、これ勝負だったんですか?」
「そう」

 先生がクスクス笑う。そして私の所に梅酒が届く。
 先生と乾杯して、口にする。爽やかな梅の香りと甘味が美味しい。

「元彼は見る目がなかったんだと思うよ。俺だったら絶対に二股はしないし、藍沢さんのことを大事にするけどな」

 先生がグラスを置いて、私を見る。
 ドキリとした。私を慰める為に言ってくれたのだと思うけど、好きな先生に言われると勘違いしそうになる。
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