「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 咄嗟に二人に気づかれないように壁の方に視線を向けた。

「どうしたの?」

 先生に聞かれる。

「いえ、あの、顔見知りが入って来たので。先生、できれば私を隠して下さい」

 出入口に近い方に座っている先生にお願いすると、「わかった」と言って、先生が私に近づく。長身の先生の背中にすっぽり隠れるような恰好となったわけだけど、近い!

 濃厚なシトラスのコロンを感じる距離に心臓が騒がしくなる。

「今入って来た男性の二人組だろ?」

 先生が私を隠した体制のまま小声で囁く。

「は、はい」
「奥のテーブル席に行ったよ」

 それを聞いて一安心。奥の席からはカウンター席は見えないはず。

「店出る?」
「その方が」

 グラスに半分残る梅酒を一気に飲む。

「あの、先生、私、コインパーキングで待っていますから。支払いお願いします」

 先生に五千円札を渡して、先に店を出た。
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