「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 あずき色の買い物カゴを持って、先生とスーパーのお酒コーナーまで来た。
 午後七時近い店内はそれほど混在していない。もうピークの時間は過ぎたよう。

「先生、やっぱりビールですよね」

 お気に入りの銘柄の六缶セットのビールを掲げる。

「そうだね。あと、缶チューハイとかも欲しいな」

 先生がレモンサワー味の缶チューハイを手に取る。

「いいですね」

 私はオレンジ味の缶チューハイをカゴに入れた。軍資金が自分のお金だと思うと、気軽に選べる。次々とお酒をカゴに入れていく。しかし、酒の重みがかかって、カゴが重たくなる。

「よいっしょっと」

 そう言ってカゴを持ち上げようとしたら、先生の手もカゴの持ち手に触れる。先生と手が重なってトクンっと脈打つ。

「俺が持つよ。こういうのは男の仕事」

 ときめいている私に向かって先生が言う。
 先生が素敵過ぎてにやけそうになる。

「ありがとうございます」

 先生と顔を見合わせているのが恥ずかしくて、私は先頭を歩く。

「先生、お惣菜コーナーも見ましょう。ここのスーパー、お惣菜が充実しているんですよ」
「美桜?」

 そう呼びかけられ、ふり向くと買い物カゴを持った母がいた。

 えっ! なんで!

「どうしたんだい?」

 立ち止まった私に先生が声をかける。
 母が私の隣に立つ先生を見て大きく目を見開いた。

「美桜、こちらは?」

 母に聞かれる。
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