「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 日曜日、お見合いの場となっている幕張(まくはり)のシティホテルへ一人で出かけた。

 見合いの話を父から聞いた時は最悪だと思ったけど、大塚さんと話して、神様がくれた新しい出会いのチャンスかもしれないと思い直した。だから、昨日、仕事の後に新しい服を買いに行った。店員さんの勧めで、薄ピンク色の膝丈のワンピースと、それに合わせたパンプスを買った。髪も美容室で顎のラインで切ってもらった。

 考えてみれば実家に帰って来て、服を買いに行くことも、髪を切りに行くこともなかった。半年ぶりに新しい服と新しい靴を買い、髪を切って、何だか気持ちがスッキリした。

 軽やかな気持ちで、ホテル内に入ると、目の前にウェディングドレス姿の花嫁の姿があった。黒スーツの介添え人と歩く花嫁はキラキラと輝いていて素敵だ。何だか幸せのお裾分けをもらったようで、ウキウキとしてくる。

 花嫁を見るなんて、このお見合いは幸先がいい。今日、会う人はきっと私の運命の人だ。そう思って、二階のカフェに行った。

 コーヒーの香りを感じる店内は高級感を感じさせるロイヤルブルーの絨毯が敷かれ、天井にはお城にあるような大きなシャンデリアがつり下がっていた。ラグジュアリーな空間に胸がときめいた。こういう場所に全く足を運んでいなかった。お洒落をして来て良かった。

 どんな人が来るか楽しみになる。わくわくとした気持ちに鼓動を少し速めながら、案内された窓際の席に腰を下ろした。今日は付き添いなしで、当人同士で会うことになっている。

 黒タキシードのウエイターが運んで来た水を飲みながら、ドキドキしていると、男性が近づいて来た。

「藍沢、久しぶりだな」

 グレーのスーツ姿の高坂さんを見て固まる。

 なんで、高坂さんがここに?
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