「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
「わあ、広いですね」

 階段を上ると、二十帖ほどの空間が現れた。フローリングは明るい色の木材を使っていて、より広く見える。

「間取りは4LDKくらいですか?」

 一階にドアが三つくらいあった気がした。

「そう。下に三部屋、上に一部屋ある。広くていいと思ったけど、一人だと全部使いきれなくて。藍沢さん引っ越してくる? 部屋空いてるよ」

 先生の提案にドキッとする。
 それって、一緒に住もうと誘っているの? どうしよう。なんて答えれば……。

「冗談だよ」

 黙ったままでいる私に先生が言った。

「ですよね」

 ハハッと誤魔化すように笑った。一瞬でも本気にしてバカみたいだ。

「この奥が洗面所だから、使って」

 私を洗面所に案内すると、先生はドアを閉めて出て行った。

 一人になると、恥ずかしさでいっぱいになる。
 冗談を本気にするなんて、先生と一緒に住みたいみたいじゃない。

 ぶんぶんと頭を左右に振って、恥ずかしさを何とかやり過ごす。それから鏡に映った自分を見て、さらに落ち込む。

「なんて顔してるの……」

 泣いたせいで、パンダみたいに目の周りが黒くなっている。
 この顔をずっと先生に晒していたのかと思うと、居たたまれない。

 メイク落としを持っていて良かった。メイクを全部取り、泣いた顔を隠す為にもう一度メイクをした。三十分の格闘の末、何とか見られる顔になった。

「これでいいか」

 そう呟いた時、洗面所のドアがノックされた。

「藍沢さん、大丈夫?」
「はい」
「夕飯の用意できたよ」

 手伝おうと思っていたのに、先生一人に準備をさせてしまった。

「すみません、今行きます!」

 これ以上、待たせてはいけないと思い、慌ててドアを開けると、黒パーカー姿の先生が目の前に立っていた。
 至近距離で先生と目が合い、心臓が飛び出そうになる。
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