「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
「食べようか」
「はい。いただきます」

 手を合わせて、カレーを口にする。ほんのりフルティーな香りがして美味しい。控えめな辛さも私の舌に丁度いい。母が作るカレーよりも好みだ。

「美味しいです!」
「本当に?」
「はい」
「良かった」

 先生がほっとしたように表情を緩ませる。

「実は藍沢さんの口に合わなかったらどうしようって、心配してたんだ」
「えー、心配してたんですか? 全然、心配するレベルじゃないですよ。先生、料理上手なんですね」
「一人暮らしが長いから自然と身について。でも、カレー以外は適当だから、そんなに料理は上手じゃないよ」
「私は九年一人暮らししてました。でも、料理はあまり得意じゃないです。片付けとかは好きなんですけどね。煮詰まるとよく部屋の掃除をします。今のアルバイトも片付けが好きだから選んだんです」

 私の話を聞きながら、先生が缶ビールを開けてくる。

「へえー、藍沢さんは仕事にしたい程、片付けが好きなんだ。偉いね。乾杯」

 そう言って、缶をカチッと合わせる。
 私の好きな銘柄の黒ビールだ。

「先生もこの銘柄の黒ビール好きなんですか?」
「この間、居酒屋で飲んだ時に藍沢さんに教えてもらって、飲んでみたくなって買ってみたらハマって。これ美味いね」

 ビールをゴクッと先生が飲む。
 私の話に興味も持ってくれたのが嬉しい。

「なんか、ありがとうございます」
「礼を言うのは俺の方だよ。藍沢さんのおかげで好きな物が増えた。ありがとう」

 先生が私の頭を撫でる。優しい撫で方に胸がキュンとする。

「いえ」

 照れくさくてもう一口ビールを飲んだ。炭酸とスッキリとした味わいが先生のカレーに合う気がした。
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