「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
「頼む。この通りだ」

 腰を折って高坂さんが私に深く頭を下げた。

「藍沢、嫌な思いをさせて本当にすまなかった。ずっと謝りたかったんだ。本当は見合いの時に言うつもりだったが、お前の顔を見たら怖くなって言えなかった」

 頭を下げたまま高坂さんが謝罪する。
 私の前では横暴だった高坂さんが謝罪するなんてびっくりだ。

「許して欲しいとまでは言わない。ただ俺は……」

 そう言って高坂さんが頭を上げる。

「これを見て欲しい」

 そう言って高坂さんがタブレットを取り出す。画面に表示されたのは、コンペの為に私が作った旅行会社のポスターで、私の最後の仕事だった。

「コンペに勝って、藍沢のデザインが採用されたんだ」

 思いがけない報せに胸が高鳴った。

「本当に?」
「ああ。担当者がお前のデザインを気に入ってくれてな。ずっとお前にデザインを担当して欲しいと言われているんだ」
「え」
「藍沢、会社に戻って来ないか? デザインの仕事好きだろ? 今は引っ越しのバイトをしていると聞いたが、藍沢の才能がもったいない。藍沢はデザインの仕事をするべきだ」

 高坂さんから私を認める言葉が聞けるとは思わなかった。

「藍沢、考えてくれないか? 俺とは直接関わらないようにするから」

 急にそんなことを言われても困る。

「頼む」

 高坂さんがまた頭を下げた。
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