「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 好きだったデザインの仕事に戻れるチャンスが転がって来て、気持ちが大きく揺れる。でも、また苦しくなったらどうしよう。何も浮かばなくなったらどうしよう。

 会社を辞めた一番の理由は、納得できるデザインが描けなくなったからだ。高坂さんに言われるままロボットのように右から左へと案件をこなしていく日々が辛かった。

 旅行会社のポスターだって、百パーセント私のデザインだとは言えない。もうロボットにはなりたくない。

「お断りします」

 そう言ったのと同時になぜか胸が締め付けられる。

「なぜだ? 引っ越しのバイトの方がいいのか? そんなの、誰でもできる仕事だろ」

 見下したような高坂さんの言葉にイラッとする。

「そんなことないですよ。意外と奥が深いんです」

 これ以上、高坂さんの顔を見ていたくなかったら、歩き出した。

「藍沢」

 高坂さんがまたついてくる。

「ついて来ないで下さい。私の気持ちは変わりません」
「いや、お前の気持ちは変わる。俺は待ってるからな」

 高坂さんは駅に向かって歩き出した。
 悶々とした想いが残る。

 今さらデザインの仕事だなんて……。
 そう思いながらも、心惹かれるものがあった。
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