「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
「では、もう一度、藍沢さんに聞きます。小説にできて、シナリオにできないことはなんだと思いますか?」

 なんだろう? シナリオはセリフとト書きでストーリーを進めていくもの。小説は……。

「心理描写ですか?」

 パッと頭に浮かんだことを口にした。
 先生がニコッと笑う。

「正解」

 勘で答えたのに当たった。何だか嬉しい。

「シナリオだと人物の気持ちをセリフや行動だけで表現するのが基本ですが、小説は思考を克明に書くものなので、気持ちも地の文で書けるんですよね。例えば、『嫌い』というセリフがあって、地の文では『好きだ』と本当の気持ちがそのまま書けるんです」

 なるほど。シナリオはセリフと行動で気持ちを表現するのか。それって見たままってことだよね。現実もそうだよね。小説のように人の気持ちはわからないもの。わかってしまったら困る。特に先生には。

 ホワイトボードに文字を書く先生の背中を見ながら、どんなに否定しても、誤魔化しても、気づいた気持ちは消せないと思った。
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