雨と妖精に導かれて ──御曹司CEOからの溺愛ラビリンス

【第17章『風に揺れる髪』】

 鎌倉の海は、夏の陽射しを受けて銀色に輝いていた。
  穏やかな波音が絶え間なく砂浜を撫で、潮風が髪を優しく揺らす。
  江ノ島を遠くに臨むその海岸に、仮設のウッドデッキとパラソルが立ち並ぶサマーパーティーが開かれていた。
 「こっちこっち、美里ちゃん!」
 カラフルなスイムワンピースに、麦わら帽子を斜めにかぶった慈美が手を振る。
  彼女の隣には、白いポロシャツにチノパン姿という、普段とはまるで雰囲気の違う泰雅がいた。
 「遅くなりました、電車がちょっと混んでて……」
 「大丈夫。君が来るまで、パーティー始めなかったから。」
 爽やかに笑う泰雅。
  その姿に、美里は不意に胸を締めつけられる。
  スーツを脱いだ彼は、まるで別人のように親しみやすく、柔らかな雰囲気をまとっていた。
 ──こんなふうに、同じ目線で笑い合える日が来るなんて。
 それだけで、胸がじんわりと熱くなっていく。
 海辺には、泰雅の会社の若手社員や、慈美が関わる農園関係者たちがリラックスした様子で集まっていた。
  手作りのフードスタンド、スイカ割り用のバット、そしてウクレレの生演奏が、どこか昔懐かしい“夏の日本”を思わせる。
 「美里ちゃん、これ食べてみて。私が焼いた野菜ピタパン!」
 「わ、すごく美味しそう……」
 慈美から手渡されたそれを頬張りながら、ふと視線を横にやると、泰雅が炭火の前でトングを持っていた。
 「えっ、料理してるんですか?」
 「ん? まあ、昔ちょっとだけね。大学時代、仲間と海の家借りて、自炊合宿とかしてたから。」
 「……意外です。」
 「だろ?」
 自信たっぷりにウィンクしてみせる彼に、思わず笑みがこぼれた。
 そのとき、場の空気を一気に変えるような声が響いた。
 「おいおい! そこは違うだろッ! 玉ねぎじゃなくてズッキーニが先ッ!」
 振り返ると、早口でまくし立てる男・茂貴が、フードスタンド前で社員たちに指示を飛ばしていた。
 「茂貴さん、相変わらず元気ですね……」
 「うん。音速の指導って呼ばれてるらしい。」
 「それ、褒めてるんですか?」
 「わかんない。でも、あれで盛り上がるから。」
 そんなやりとりを交わす中、気づけば日も傾き始めていた。
 茜色の空が海面に映り、波間に光の道が浮かぶ。
  風が吹き、美里の髪がふわりと舞った。
  それを、泰雅がそっと手で押さえてくれる。
 「……この風、好きなんだ。」
 「え?」
 「君の髪が、風に揺れるこの瞬間が。俺にとっては、世界で一番美しい時間。」
 その言葉に、美里の心が深く震えた。
 「みんなの前で言っても、いいかな。」
 「……何を、ですか?」
 「俺たちが、ちゃんと“付き合っている”ってこと。」
 美里の瞳が、ゆっくりと泰雅を見つめ返した。
 「……いいですよ。だって、私も言いたいですから。」
 泰雅は、静かに美里の手を握り、そのままステージに上がった。
 「みんな、ちょっと聞いてくれるか?」
 その場が静まり返る。
 「今日、こうしてみんなと一緒に過ごせて、本当に嬉しい。……そして、もう一つ。俺の大切な人、美里と、正式にお付き合いしています。」
 その言葉に、歓声と拍手が巻き起こった。
 美里の頬は火照っていたけれど、手はしっかりと泰雅に握られていた。
 風に髪が舞い、海の香りがふたりを包む。
  それは、彼女が初めて“隣に立つことを許された”瞬間だった。
 【第17章『風に揺れる髪』 終】
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