雨と妖精に導かれて ──御曹司CEOからの溺愛ラビリンス

【第20章『愛を確かめる瞬間』】

　東京の夜空は、思いがけず澄み渡っていた。
　 湿度の低い八月の終わり、街の喧騒を離れたその場所に立つと、ビル群の灯りの向こうに、星々がはっきりと瞬いているのが見えた。
　その夜、美里はヘリポートの端に立っていた。
　 風が髪を撫で、足元の夜景が、まるで銀河のように広がっている。
　「遅くなってごめん」
　後ろから聞こえたのは、聞き慣れた、けれど少しだけ緊張を含んだ声だった。
　「いえ……この景色を見ていたら、時間なんて忘れそうでした」
　「気に入ってくれてよかった。特別な夜には、特別な場所を用意したかったから」
　振り返った美里の目に映ったのは、ブラックスーツに身を包んだ泰雅だった。
　 彼の姿は、月明かりとヘリポートのライトに照らされて、どこか神話のような非現実感を帯びていた。
　「乗ろうか。君に見せたい景色が、まだあるんだ」
　目の前には、漆黒のボディが美しいプライベートヘリ。
　 扉が開くと、中はまるでホテルのラウンジのように洗練された空間だった。
　 シャンパンの泡がグラスにきらめき、ヘッドレストには二人の名前の刺繍。
　やがてヘリが静かに離陸すると、都市の輪郭が下へと沈んでいく。
　 窓の向こうには、東京湾が満ち潮に輝き、レインボーブリッジの光が金の糸のように走っていた。
　「美里……」
　泰雅の声に、美里が振り向く。
　 その視線は真剣で、どこか寂しげでもあった。
　「君と出会って、俺の世界は音を取り戻した。……でも、そのせいで失いたくないものが増えた」
　「……泰雅さん？」
　彼はスーツの内ポケットから、小さなベルベットの箱を取り出す。
　 そこには、月光を受けて静かにきらめくダイヤモンドの指輪が収められていた。
　「この先、どんな未来が待っていても、君だけは絶対に手放さない。……だから、もう一度聞かせてほしい。俺の隣で、生きてくれますか？」
　夜空に、妖精たちの光がふわりと舞い上がる。
　 風の精たちがふたりのまわりを取り囲み、星々と同じ輝きで祝福を贈る。
　美里は、涙が頬をつたうのを感じながら、そっとうなずいた。
　「……はい。何があっても、あなたの隣にいます」
　その瞬間、ヘリの窓の外に、光のハートが浮かび上がった。
　 妖精たちが描き出した、愛の形。
　 ふたりの未来が、確かに“重なった”瞬間だった。



　ヘリのキャビン内に、静かな幸福の空気が満ちていた。
　 窓の外には、東京湾の夜景がまるで宝石箱のように広がり、妖精たちが生み出す光の粒が舞っていた。
　 ふたりの手の中には、約束の証である指輪が、しっかりと収まっている。
　「……夢みたいです」
　そう呟いた美里の声は、震えていた。
　 けれどそれは恐れではなく、圧倒的な幸福に心が包まれている証だった。
　「夢なら、絶対に覚めないようにしたいね」
　泰雅は、そっと美里の手の甲に唇を寄せた。
　 優しく、けれど確かに――まるで“契約の印”のように。
　「この指輪、実は特別に設計してもらったんだ」
　「え……？」
　「見て。石の下、ここに――」
　美里が目を凝らすと、ダイヤの裏面には精巧な彫刻が施されていた。
　 それは“心をつなぐ鍵”と同じ模様。
　「これ……」
　「君が初めて俺の音に触れてくれた日、あの音の震えを彫刻家に伝えて作ってもらった。世界でひとつしかない、“音のかたち”だ」
　美里は、思わず涙をこぼしていた。
　「もう……どうしてそんなに……」
　「だって、君のことが、好きなんだよ」
　泰雅は、照れも躊躇いもなく言った。
　 ただまっすぐに、誠実に。
　美里の頬に伝った涙を、彼は親指でそっと拭い、静かにその唇にキスを落とした。
　 それは、やさしくて深い、ひとつの誓い。
　ヘリはゆっくりと旋回し、東京の夜空を滑空していく。
　 下にはレインボーブリッジ、遠くには東京タワー、隅田川沿いの街灯が川面にゆらめいている。
　 すべてが、この瞬間だけふたりのために存在しているようだった。
　「……美里、君がいると、怖いものがなくなる」
　「私も。あなたがそばにいるだけで、自分を信じられる気がするんです」
　指と指が重なり合い、鼓動がひとつになる。
　「この先、何があっても、絶対に離れない」
　「はい。あなたのすべてを、愛します」
　再びキスを交わしたとき、窓の外で妖精たちが輪を描いた。
　 光の軌跡が、夜空に“∞（無限大）”を描く。
　それはふたりの愛が、これから続く未来を象徴していた。
　愛は、確かめるものではなく、“重ねていくもの”。
　 そう思えたこの瞬間こそが、人生で最も美しい――“愛を確かめる瞬間”だった。
　【第20章『愛を確かめる瞬間』　終】