雨と妖精に導かれて ──御曹司CEOからの溺愛ラビリンス

【第31章『消えない笑顔の痕跡』】

 一月五日。
  新年の陽光がやわらかく差し込む朝、美瑛の丘のふもとに、真新しい建設現場が静かに目を覚ましていた。
 雪解け水が土を湿らせ、そこにはまだ完成していないはずの“輪郭”が、確かに浮かび上がっていた。
  まるで誰かが空に描いた設計図が、そのまま地面に投影されたかのように。
 「……見えてる? 泰雅さん」
 「……ああ。アキのスケッチどおりだ」
 ふたりは並んで、その“未来の家”の基礎部分に立っていた。
 周囲には建材も職人もいない。
  それなのに、梁となるべき位置には風の流れが微かに集まり、柱の影がすでに差しているようだった。
 「アキがくれた絵、間違いじゃなかったんですね」
 「いや……むしろ、未来を先に見ていたんだ」
 泰雅はポケットから、そのスケッチをそっと取り出した。
 そこには、丘の斜面に建つ白い邸宅と、テラスで笑い合うふたり――そして、手をつないだ小さな子どもの姿が描かれていた。
 その輪郭が、いま目の前に“芽吹くように”現れ始めているのだった。



 ふたりが立つ場所を中心に、ゆっくりと雪が舞い始めた。
  だがそれは冷たさを含まず、まるで空から舞い降りる“光の粉”のように柔らかく、優しく降り積もっていく。
 「泰雅さん、見てください……」
 美里の指差す先。
  そこには、雪の上にうっすらと浮かび上がるような輪郭があった。
 それは、未来のリビングの位置。
  テラスの向き。
  子ども部屋の大きな窓枠――
 「……すべて、アキの絵の通りだ」
 泰雅がつぶやくと、どこからともなくアキが姿を現した。
 「ここ、もう“家族の場所”になってるよ。僕が描いたのは、ふたりが“笑ってる場所”だから。……それは、もう嘘じゃない」
 そう言って彼が差し出したのは、色鉛筆で描かれた新たなスケッチだった。
  そこには、家だけではなく、小さな庭と、ブランコ、ベンチ、そして“光に包まれた柱”が描かれていた。
 「この柱……妖精たち?」
 「うん。この家は“守られてる”んだよ。ふたりが信じる限り、笑顔の痕跡は、消えない」
 アキの言葉に、美里の目に涙がにじんだ。
 「……こんな未来が待っていたなんて」
 泰雅がそっと彼女の肩を抱き寄せる。
 「これは、君が“信じた過去”と、“諦めなかった今”が導いた未来だよ。……この家が完成したら、毎日君の笑顔をここに刻みたい。俺の人生ごと、全部ここに残したい」
 雪の中、ふたりはそっとキスを交わした。
  それはまるで、初めて心が重なったあの羽田空港の夜に似ていた。
 どこまでも優しく、けれど確かに交わされた、“もう離さない”という誓い。
 丘に広がる雪原に、妖精たちが光の粉をまきながら舞う。
 それはまるで、“笑顔の痕跡”を空にも刻むようだった。
 【第31章『消えない笑顔の痕跡』 終】
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