雨と妖精に導かれて ──御曹司CEOからの溺愛ラビリンス

【第32章『交わる運命、その先』】

 2月1日、東京・銀座。
  週末の歩行者天国には、バレンタイン前の賑わいが溢れていた。
  老舗デパートのショーウィンドウには赤と金のハートが躍り、通りを歩くカップルたちは自然と肩を寄せ合う。
 そんななか、ふたりは人波にまぎれながら、手を繋いで歩いていた。
 「……ほんとに、ここで流れるの?」
 「うん。今夜19時きっかり、交差点のビジョンにね。羚音たちの新曲PV。しかも――ゲスト出演、だから」
 「私たちが……?」
 「うん。出演っていっても、ほんの数秒だけどね。……“交わる運命”の象徴として、だって」
 そう言って泰雅が笑ったとき、美里の胸にふと、かすかな緊張が灯った。
 ――これまで、ずっと“物語の登場人物”だったふたり。
  でも今日から、それは“誰かに語られる存在”になる。
 風がふわりとふたりの髪を揺らす。
  銀座の通りに、日が沈みはじめていた。
 街の灯が、ひとつ、またひとつと点り始めるころ。
  空に、新しい旋律が流れ出す準備が整っていく。



 午後七時。銀座四丁目の交差点。
  大型ビジョンに、ふわりと夜の光が差し込んだ。
 「……来るよ」
 泰雅が、美里の手をきゅっと握る。
 カウントダウンが静かに始まり、通行人たちが足を止める。
  そして――
 ♪──《交わる運命》のイントロが流れた。
 楽器たちの声を想起させる柔らかで透明な旋律が、銀座の夜空に響く。
  画面に映るのは、過去と未来が交差するさまざまな人々の表情。
  出会いとすれ違い、そして“気づいた瞬間”を抱きしめるような、映像の断片。
 その中で、ふたりは現れる。
 静かに歩道を歩く後ろ姿。
  肩先が触れた瞬間、同時に振り返るふたり。
 風に舞うコート。
  重なる手。
  そして、微笑む視線の先には――“未来”がある。
 美里の目に、涙が浮かぶ。
  隣で泰雅も、無言でビジョンを見つめていた。
 映像の終盤、テロップが浮かび上がる。
 《すべては、出会うために。──これは、交わる運命、その先の物語。》
 音が止むと、通りには一瞬の静寂。
  だがすぐに、小さな拍手がいくつも広がっていく。
 「……見てた人たち、泣いてるね」
 「うん。でも、これは“希望の涙”だと思う」
 「私たちの物語が、誰かの“交差点”になれたんですね」
 泰雅は、美里の手を取る。
 「そうだ。だから今度は、俺たちがその先を見せる番だ」
 その瞬間、すぐ横にいたカップルが、突如ひざまずいた。
 「……結婚してください」
 驚きと笑いと歓声が広がる。
 「プロポーズ、今の映像に影響されたのかも……」
 「だったら、世界で一番素敵な“交差”だったってことだな」
 ふたりは見つめ合い、そっと唇を重ねた。
 それは、数多の出会いが交差するこの街で、確かに生まれた“新たな未来”への合図だった。
 【第32章『交わる運命、その先』 終】
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