雨と妖精に導かれて ──御曹司CEOからの溺愛ラビリンス

【第33章『心をつなぐ世界』】

 パリ、2月14日。
  セーヌ川を渡る冷たい風が、街の灯をなぞるようにして流れていく。
  エッフェル塔が遠くにきらめくこの夜、船着場には一艘の特別なナイトクルーズ船が静かに停泊していた。
 「……本当に、ここで?」
 美里は白のケープコートに身を包み、桟橋の先端で泰雅に問う。
  彼は深紅のバラ一輪を差し出しながら、穏やかな微笑みを浮かべた。
 「この街は、世界で一番、愛を言葉にするのが上手い場所だから。……でも今日は、君のために“言葉より強い約束”を渡したい」
 船が静かに動き出す。
  セーヌ川の水面が金色の波紋を描き、橋のアーチをくぐるたびに、妖精たちの光がふたりの上に舞い降りていった。
 美里は無言のまま、泰雅の腕に寄り添った。
  肩にかかる風の中に、どこか懐かしい“胎動のような温もり”を感じた気がした。
 「ねえ、泰雅さん……ひとつ、伝えたいことがあるの」
 「……ん?」
 彼が覗き込むより先に、美里は手を彼の胸に当て、そっと囁いた。
 「私、おなかに新しい命を宿してるの」
 泰雅の瞳が、まるで夜空に星が点るように輝いた。



 「……ほんとうに?」
 泰雅の声は、かすれるほど静かだった。
  その瞳に浮かんだのは、驚きでも戸惑いでもない。
  ただひたすらに、深く、確かな喜びだった。
 「うん。……まだ小さい命だけど、もうここにいるの。ずっと伝えたかった。あなたと見る世界が、ひとりだけのものじゃないってことを」
 美里の手を自分の手で包み、泰雅はそっとその掌を彼女の腹部に添えた。
 「ありがとう。……君が命を選んでくれたこと、俺の世界のすべてにする」
 そのときだった。
  川面にふわりと浮かび上がる光の粒が、船の軌跡をなぞるように弧を描きはじめる。
 妖精たちが舞っている。
  まるで、ふたりとその命を祝福するかのように。
 そしてセーヌの中央に差しかかった瞬間――
  光の粒たちは、夜空に浮かぶ大きな“ハート”のかたちを描いた。
 観覧していた他の乗客から、小さな歓声が漏れる。
  だが美里の目に映っていたのは、そのどれでもなく、泰雅のまっすぐな瞳だけだった。
 「愛してる。これからは君だけじゃなく、君が守ろうとしてくれる命も、全部、俺が守る」
 泰雅がそう誓ったとき、遠くの教会の鐘が静かに鳴った。
 愛の都・パリ。
  その川の上で交わされた新たな“心のつながり”は、ふたりだけの未来を超えて、新しい命へと受け継がれていく。
 【第33章『心をつなぐ世界』 終】
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