蜜味センチメンタル
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薄いカーテン越しに差し込む朝の光で、羅華は静かに目を覚ました。ベッドの中はまだぬくもりが残っていて、すぐには体を起こす気になれない。

冬の空気が部屋の隅々まで染みこんでいるのに、どこか心は妙に満たされていた。

昨夜は、結局眠気に勝てずに少しだけ話をして別の布団で寝た。

内容は他愛のないことばかりだったけれど、久しぶりに交わせた会話に、ただ心が安らいだ。

——眠い…

那色はどこにいったんだろう。そう思った時、キッチンの方から小さな話し声が漏れ聞こえた。


「はー…だからそれは、そっちが勝手に言い出したことだろ? ……いや、別に怒ってはないけど。……うん、そうして」

声の主は、紛れもなく那色だった。

「今日はもう電話してくるなよ。——"ラン"」

寝起きにしては落ち着いた声で、けれどその中にはほんの少しだけ苛立ちが混じっていて、それでもどこか親しげに響いた。

——ラン…?

聞きなれない名前だった。女性の名前だと咄嗟に思ったのは、声のトーンがどこか特別に聞こえたからかもしれない。

羅華はベッドの中で体を硬くし、息を殺した。電話はすぐに終わったようで、それから那色の足音が近づいてくる。

「あ、羅華さん起きました?」

「…うん」

「髪ボサボサ。寝癖ついてても可愛いですね」

いつもの笑顔。いつもの軽薄さ。

那色は何もなかったように振る舞っていた分だけ、その名前と親しげなやり取りの残響が、胸の奥に鈍い違和感として残り続けた。

満たされた週末の朝のはずだった。

ただ会えて、同じ空間にいられることが嬉しかったのに。

ほんの少しの言葉の端に、女の影が見えた気がして、羅華はふと、布団を握りしめる。


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