蜜味センチメンタル
「あの、那色く——」
「あ、聞いてください」
声が重なって、思わず二人とも口を閉じた。気まずい空気が流れる。けれど、それは一瞬のことで。
「なんですか?お先にどうぞ」
那色が優しく言ったが、羅華はほんの少しだけ目を伏せて、首を横に振った。
「……那色くんから話して」
本当は聞きたかった。さっきの電話のことも、名前のことも、その相手が誰なのかも。
でも、それを口にした瞬間、今の穏やかさが壊れてしまう気がした。自分の中にある小さな不安を、那色の言葉で否定してほしい。
それなのに、その勇気がどうしても出せない。
——だって私達は、付き合ってるわけじゃない
本当は少し、期待していた。那色の気持ちは本当に自分に向いてくれてるのではないかと。
それなのに、聞こえてしまった「ラン」の名前が、そんな淡い願いを静かに切り裂いた。
ほんの少し前までの甘さが、遠く感じる。彼が優しく微笑むたびに、手を伸ばせば届くはずの場所なのに、どこまでも遠くにいるようだった。
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えて僕の話してもいいですか?」
「うん」
羅華は静かに頷いた。今は、それだけで精一杯だった。
「実は最近、会えなかった間に大和に料理習ってたんです」
その言葉に、ふと顔を上げる。聞きたかった話じゃないのに、不思議と胸の奥が少しあたたかくなった。
「料理…?でも、前はしたことないって」
「うん。だから次に羅華さんに会えたとき、ちゃんと何か作ってあげたくて。…って言っても、まだ全然下手ですけどね」