蜜味センチメンタル
「調査レポートは私の方でまとめておくから、鎌田さんは媒体別の拡散状況、資料に入れてくれる?」
「ええ〜!もー、分かりましたよぉ。……あ、じゃあショート動画で“ストラトスチャレンジ”っていうダンス動画も流行り始めてるっぽいんで、それも入れていいですか?」
「うん。お願い」
軽く頷きながら返すと、鎌田はノートPCに向かって渋々といった様子で作業を始めた。
羅華も自分の画面へ視線を戻す。けれど集中しようとすればするほど、ノイズのように浮かび上がってくるのは…昨日、那色がしていた電話のことだった。
「ラン」。その名前に胸がざわついた。
名前の響きからして、おそらくは女性。“親しげで、どこか柔らかい呼び方”だった。
あんなにも近くにいて、笑いかけてくれて、朝ごはんまで作ってくれたのに——ほんの一瞬で、ぐらりと足元が崩れるような不安に飲み込まれてしまう。
弱いな、と思う。自分でも情けないくらい。
画面に映るStratosのCMソロカット。チョコレートを手にメンバーの一人がカメラ越しに挑発的な笑みを浮かべている。その視線が、不意に那色と重なって見えた。
「……」
気づけば、画面をひとつ閉じていた。
気持ちを揺らされてばかりだ。仕事中なのに。集中しなければと分かっていても、胸の奥は騒がしいまま沈まらない。
那色にとって自分は、本当に“特別”なんだろうか。それとも、たまたま傍にいたから?
あの電話の向こうにいる“誰か”こそが、本当は彼の心に住んでいる人?
——…やめよう……
羅華はひとつ息を吐き、キーボードに指を戻す。今は仕事に集中する時間だ。
だけど少なくともこの不安を抱えたまま、もう何度も心を振り回され続けていると、きっといつか限界が来てしまう。
そんな思いを隠すように、羅華はキーボードに置いた手を無意識に握る。