蜜味センチメンタル
扉を開けると、ほの暗い店内にオレンジ色の照明が柔らかく迎えてくる。木目のカウンター、グラスの乾いた音、低く流れるジャズ。
この場所の空気は、いつも少し非日常で、どこか夢のようだった。
──けれど、現実はそれを上書きするように目の前に現れた。
カウンターの奥。
那色が、女性客と向かい合っていた。その顔には見覚えがあった。以前、大和が「那色目当てだ」と言っていた女性。
ただの接客だったかもしれない。
でも——その距離感が近すぎた。そう、見えてしまった。
女性が身を乗り出し、那色の袖口に指をかける。その手を、彼は払うことなく、穏やかに微笑んで受け入れていた。
それを見て、心の奥から黒い感情が音を立てて湧き上がってきた。
いつものように物腰穏やかに、誰にでも同じように接しているだけ。頭ではそうわかっていた。けれど心臓は勝手に鼓動が早まり、喉の奥がひりつく。
視線を落としたまま、羅華は静かに踵を返す。
ドアの音が、背後で鈍く響いた。
「……」
夜風が、むき出しの感情を帯びた頬を冷たく撫でる。
——だめだ…私。まだ、勇気が持てない
そう胸元の服を握りしめた時だった。
「羅華さん!」
足音とともに、聞き慣れた声が背中から飛んできた。振り向かなくてもその声だけでわかってしまう那色の声。
羅華を追いかけ走ってきた那色は少し息を切らせながら目の前に立ち、真剣な表情で言った。