蜜味センチメンタル
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迷いを抱いたまま数日。
イベント視察の帰り道。日はすっかり沈み、街はイルミネーションに彩られ華やかさだけが浮いて見えた。

そんな中を、羅華は足元ばかりを見つめて歩いていた。

街の喧騒が遠のいていくように感じられた。寒さが身に染みる夜、羅華は駅へと向かう道を、うつむきがちに歩いていた。

——“来てくれなかったら、諦めます”って……あれ、本気なの?

頭の中で、那色の言葉が何度もリフレインする。

あの女性客のことも、“ラン”のことも、結局なにも分かってないまま。考えるたび、胸の奥に黒いしこりが膨らんでいく。足取りは重くなるばかり。

そんなときだった。

「…あーっ!スマホのお姉さん!」

真正面からかけられた声に、羅華はぴたりと足を止めた。

見るとそこには、見知らぬ青年が立っていた。

肩まで届きそうな長めの髪を無造作に流し、黒のチェスターコートに身を包んだその男は、爛々とした笑みを浮かべていた。目元には薄くアイラインのような影。艶やかな雰囲気と、軽薄さが入り混じっている。

「わ、ほんものめっちゃ美人じゃん!あいつマジで羨ましすぎなんだけど!」

唐突すぎる言葉に、羅華は完全に固まった。

「……はい?」

「いや、待ってごめん。びっくりさせた?でもね、写真より全然かわいいの反則でしょ。てかあれ加工じゃなかったんだ〜すげー」

「……えっと、誰ですかあなた」

訝しげな羅華の視線に、ああ!と青年は声を上げる。

「そっか、そうだよね〜。ども、俺は津々井(つつい)(らん)っていいマス。那色の親友?幼馴染?みたいな感じ。気軽に"ランちゃん"って呼んでくれていいよ〜」

先程まで頭に張り付いていた名前に、羅華はこれ以上無いほどに目を開く。


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