蜜味センチメンタル
「……あの、羅華さん」
どこか緊張を孕んだ声が、那色の口から紡がれる。
「このまま、どこにも寄らずに別れるのって……ちょっと、さみしいなって思うんです」
視線を落としながら、ぽつりと漏らすような声音だった。
「……といっても、正直自信がなかったから、店とかプレゼントとか、何も用意できないまま今日がきてしまったんですけど…」
「いらないよ、そんなの」
「言うと思いました」
ふっと笑う那色の顔に、羅華も思わず口元を緩めた。けれど次の一言が、また胸の奥をつかまれるように刺さる。
「いい加減、年下の子ども扱いするのやめてくださいよ。僕、彼氏ですよ?」
彼氏。
その言葉の重みが、改めて心の中で響いた。
まだ実感を持てていない自分がどこかにいて、それを那色が無理に引っ張り上げようとしてくれる——そんな気がした。
吹き出しそうになりながらも、羅華は言葉を探す。
けれど胸の中の「私も離れたくない」が、先にこぼれ落ちた。
ふと、口が動いた。
「……じゃあ、うち来る?」
「……いいんですか?」
「うん…いいよ。だって、"彼氏"…なんでしょう?」
少しだけ照れ隠しで言ったつもりだったけれど、那色は驚いたようにしばらく瞬きをしてから、ゆっくりと頷いた。
「……じゃあ、甘えさせてもらいます」
その言葉が、あまりにも優しくて。
羅華は、不意に心の奥がほどけていくような感覚を覚えた。
今のこの距離が、これからふたりで育んでいくものの始まりなんだと思った。