蜜味センチメンタル
すべてが終わった後も、からだの奥にかすかな余韻が残っていた。
たった一度の交わり。それだけで、羅華の胸には押し寄せるような感情が広がっていた。
荒い呼吸だけが、静かな部屋に響いている。
汗ばんだ髪が額に張りつき、肌を撫でる指先の感触がやけに優しくて、目を閉じたまま思わず身を寄せた。
那色の胸に耳を当てると、穏やかな鼓動が聞こえてきた。
一定のリズムを刻むそれは、なぜかとても安心できて、胸の奥がじんと温かくなる。
——こんなふうに、誰かのそばで安心していられるなんて……
信じられないような気持ちだった。
過去に受けた辛い記憶も、自分を責めてきた日々も、今だけは遠くに感じられた。
ふいに、名前を呼ばれた。
「……羅華さん」
優しい声だった。だけど、すぐに答えられなかった。
何かを噛みしめるように、まぶたの裏で感情がせり上がるのを感じる。息を呑むたび、胸の奥に積もったものが揺れて、肩がふるえた。
そして、それは抑えきれずに溢れ出す。
一筋の涙が頬をつたって、那色の胸元を濡らした。
「……ごめん、苦しかった?」
戸惑ったような声に慌てて首を振る。
ちがう。そうじゃない。でも言葉が、うまく出てこない。
「ち、違うの……」
震える声でようやくそれだけ告げた。
痛みじゃない。後悔でもない。
この涙は、もっと別のものだった。
「……うれしくて。怖くて、でも……幸せで」
こぼれた言葉は、本音だった。
何年も心の奥にしまっていた感情が、那色のぬくもりでほどけてしまったのだ。
——ほんとうに、好きになってしまった。
そのことがたまらなく愛おしくて、同じくらい怖かった。
けれど今は、那色の腕の中にいる。
この人の胸の中で泣けることが、ただ嬉しかった。