蜜味センチメンタル


すべてが終わった後も、からだの奥にかすかな余韻が残っていた。
たった一度の交わり。それだけで、羅華の胸には押し寄せるような感情が広がっていた。


荒い呼吸だけが、静かな部屋に響いている。
汗ばんだ髪が額に張りつき、肌を撫でる指先の感触がやけに優しくて、目を閉じたまま思わず身を寄せた。

那色の胸に耳を当てると、穏やかな鼓動が聞こえてきた。

一定のリズムを刻むそれは、なぜかとても安心できて、胸の奥がじんと温かくなる。

——こんなふうに、誰かのそばで安心していられるなんて……

信じられないような気持ちだった。
過去に受けた辛い記憶も、自分を責めてきた日々も、今だけは遠くに感じられた。

ふいに、名前を呼ばれた。

「……羅華さん」

優しい声だった。だけど、すぐに答えられなかった。
何かを噛みしめるように、まぶたの裏で感情がせり上がるのを感じる。息を呑むたび、胸の奥に積もったものが揺れて、肩がふるえた。

そして、それは抑えきれずに溢れ出す。

一筋の涙が頬をつたって、那色の胸元を濡らした。

「……ごめん、苦しかった?」

戸惑ったような声に慌てて首を振る。
ちがう。そうじゃない。でも言葉が、うまく出てこない。

「ち、違うの……」

震える声でようやくそれだけ告げた。
痛みじゃない。後悔でもない。
この涙は、もっと別のものだった。

「……うれしくて。怖くて、でも……幸せで」

こぼれた言葉は、本音だった。
何年も心の奥にしまっていた感情が、那色のぬくもりでほどけてしまったのだ。


——ほんとうに、好きになってしまった。

そのことがたまらなく愛おしくて、同じくらい怖かった。

けれど今は、那色の腕の中にいる。
この人の胸の中で泣けることが、ただ嬉しかった。
< 132 / 320 >

この作品をシェア

pagetop