蜜味センチメンタル

「パニックになったって割には暇そうだね、鎌田さん」

隣に気を遣えと言われたこともあり隣に視線を向ける。

鎌田と呼んだ後輩女子の開いていたPC画面には企画の原稿でもなくプレゼンの資料でもなく、ミシュランで星がついていそうなレストランが映し出されていた。

「その画面、部長に見つかったらまた怒号が飛んでくるよ」

本人にしか聞こえないほどの声量で注意する。しかし当の本人は悪びれもない様子でしれっと言い返してきた。

「市場調査ですよぉ。急に接待の店確保しておけって言われた時に役に立つじゃないですか」

「いや、だからって…」

「ていうか、正直やる気出ないんですよねぇ」

鎌田は頬杖をつき、画面をスクロールしていく。

「代理店の仕事ってもっと華やかかと思ってたのに、なんか地味な仕事多いじゃないですか。せっかく企画考えて持って行っても突き返されること多いし、社内でも同じような打ち合わせばっかりだしぃ」

営業なんだからそんなものだろうがと言いたくなるが、実際こうして「なんか違う」と言って辞めていく新卒は多い。

芸能人や経営者とお近づきになれると期待して業界に入るものの、その内情はなんとも泥臭い。信頼関係を築く為に何度もクライアントの元へ足を運んだり、市場調査で現場へ出向いたり、制作会社やクリエイティブチームとしつこいほどに打ち合わせを重ねたり。

少なくとも、羅華の勤める会社ではそういった地道な仕事が多い。その上営業部は体育会系のノリが強く縦の上下関係も厳しい。

そのせいかあまり後輩が育たず、今現在羅華は4年目だというのに鎌田に次いで若手になる。


< 14 / 320 >

この作品をシェア

pagetop