蜜味センチメンタル
那色は羅華の胸元に顔を埋めたまま、しばらく黙っていた。
そして何かを決めるように、彼の指がぎゅっと羅華の手を握りしめる。
「……僕の母は、もういません」
ぽつりと落とされた言葉に、羅華は目を閉じた。
「……うん」
「優しい人でした。自分より、いつも誰かを大切にしてて。ずっと“誰かのため”に生きてきた人だった。父に尽くして、家に尽くして……だけど、自分が愛されてたかは、きっと分からなかったと思う」
那色は小さく息を吐くと、ふいに顔を上げ、羅華の目をまっすぐ見つめた。
「……羅華さん、大和の名字は知ってますか?」
「え?知らないけど……」
「佐多です。佐多大和」
「え…?でも……」
那色の名字は"シミズ"だったはず。兄弟で名字が違うという事実に、羅華の胸にざわつくような違和感が広がっていく。
「母親が違うんです、僕達。大和は、父が学生時代に愛した人との間にできた子です」
「……!」
衝撃が、言葉を奪った。
那色の声は淡々としていたけれど、その奥には痛みが滲んでいた。
「父は母と結婚してからも、その人を切り離さなかった。大和はたびたび家に来てたし、僕もずっと本当の兄として慕ってた。……でも、いつからか違和感を抱くようになって……思春期の頃に、やっと真実を聞かされて」
「……そんな、」
そう言うのが精一杯だった。羅華の胸の奥に、得体の知れない切なさが広がっていく。
那色はかすかに笑った。けれど、その笑みはどこまでも寂しげだった。