蜜味センチメンタル

「そんなふうに言われたら、もう……離せなくなるじゃないですか」

かすれた声で言って、那色は目を伏せた。

羅華は小さく息をのんで、何も言わずに首を横に振る。離さなくていい。そう言うように、そっと彼の手を握り返した。

那色の目が、もう一度羅華を見つめた。

その視線が、ゆっくりと近づいてくる。朝の光を受けたまなざしは、まるで何かに祈るように静かで、どこまでも真剣だった。


「……これからもあなたのそばにいることを、許してくれますか」


囁くような声が、羅華の耳に届いた。

彼女は小さく頷いた。

そして、ふたりの唇が、そっと触れ合った。

それは夜の激情とはまるで違う、朝の静けさの中に沈むような、穏やかで、どこまでもやさしいキスだった。

確かめるように。
ひとつ、心の鍵を開けるように。

鼓動がゆっくりと重なり、時間が止まったように思えた。

やがて、那色はそっと唇を離し、名残惜しそうに羅華の髪に指を滑らせる。

「……ありがとう、羅華さん」

それは、彼の過去と孤独、そしてそれを受け止めてくれた羅華への、心からの言葉だった。

羅華は何も言わず、微笑んで応えた。
言葉よりも、そっと重ねた視線がすべてを伝えてくれた。

窓の外では、少しずつ朝の気配が濃くなっていく。
冷えた空気の中に、確かに感じられる小さな温もり。

それは、ふたりが今、同じ朝を迎えたという証だった。

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