蜜味センチメンタル
ポケットの中で、スマートフォンが震える。
「……あ、ごめん、ちょっと見るね」
「はい」
羅華が画面に視線を落とすと、そこに表示されていたのは、見慣れない番号だった。
一瞬の戸惑いと共に、胸の奥に鈍い不安がじわりと広がっていく。
——誰だろう……こんな時に
ためらいながら通話ボタンを押す。
「……もしもし、原岸です」
『原岸羅華さんですね。こちら、◯◯総合病院の救急外来です。お母さまのことでご連絡差し上げました』
病院という言葉に、背筋がすっと冷たくなる。隣にいた那色が、気づいたように視線を向けてきた。
「……母が、どうかしましたか?」
『はい。本日午前、お勤めの職場で急に倒れられ、救急搬送されました。意識はありますが、念のため検査と処置のために入院となりました』
「……そ、そんな……」
一瞬、頭が真っ白になる。けれど電話越しの声は、まだ何かを伝えてくる。
『現在は落ち着いていらっしゃいますが、ご本人が娘さんに来てほしいとおっしゃっています。ご都合がつけば、できるだけ早くお越しください』
「……はい、すぐ行きます。連絡、ありがとうございます……」
通話を切ると、手がわずかに震えていた。スマホをぎゅっと握りしめたまま、俯いたままの自分を見て、那色が静かに声をかけてきた。
「羅華さん……?」
「……母が、入院したって……倒れて、救急搬送されたって……」
小さな声に込められた大きな動揺。
胸の奥が急に冷え込んだような感覚が押し寄せてくる。目の前の景色が、急に遠く感じた。
けれど、すぐそばで那色がそっと彼女の手を取る。そのぬくもりがほんの少し、心を現実へと引き戻してくれた。
「すぐに向かいましょう。僕も一緒に行きますから」
ただその一言だけで、涙が出そうになった。
楽しい時間の終わりは、いつも突然にやってくる。
けれど、隣に彼がいてくれる。その事実が、今の羅華にとって唯一の支えだった。