蜜味センチメンタル
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タクシーの車窓から見える街並みは、どこか色を失っていた。
さっきまでのチョコレートの香りも、温かなカフェの空気も、もうずっと遠い出来事のようだった。

那色は何も言わなかった。けれど、その手はずっと羅華の手を握り続けてくれていた。
寒さでかじかんだ指先を、ゆっくりと温めるように包んでくれる手。その静かな優しさに、何度も泣きそうになる。

病院に着くと、白い廊下の冷たさが心を引き締めた。

受付で名前を伝えると、看護師がすぐに案内してくれる。小走りになりそうな足を、なんとか平常に保ちながら羅華は病室の前に立った。

「こちらです」

看護師の声に、体が強張る。そんな羅華を安心させるように、那色の優しい声がそっと背中を支えてくれた。

「びっくりさせるといけないから、僕はここで待ってます。ちゃんと、ここにいますから」

「……ありがとう、那色くん」

ドアを開けると、そこにはベッドに横たわる母の姿があった。点滴をつけた姿は痛々しかったが、顔色は思ったほど悪くない。

胸を撫で下ろしながら、羅華はそっと近づく。


「……お母さん」

「……ああ、羅華ちゃん……来てくれたのね……」

弱々しいけれど、ちゃんといつもの母の声だった。
その瞬間、こらえていた涙が一気に溢れる。


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