蜜味センチメンタル
「もう……心配させないでよ……!」

「ごめんね……ちょっと、無理しちゃったみたい……」

母の手に自分の手を添えて、静かに指を重ねる。細くなった指先が、少しだけ震えていた。

「看護師さんが言ってたよ。命に関わるようなことじゃないって。でも、しばらくはちゃんと休まなきゃだめだからね」

「ええ、分かってるわ……。羅華ちゃんが来てくれてよかった……」

母の目に涙が浮かぶ。その光景が胸に深く刺さった。母の存在は正直羅華にとっては重荷だった。けれどいざこうして弱った姿を見ると、罪悪感を感じてしまう。

——もっと私がそばにいてあげられてたら…

そのときだった。


「……原岸さんのご家族、でしょうか?」

振り向くと、白衣を着た男性が立っていた。中背で、眼鏡をかけたその顔には見覚えがある。
……いや、見覚えしかなかった。

「……え」

一瞬、時間が止まった気がした。

その表情に、あの頃よりずっと大人びた精悍な顔立ちに、息まで止まりそうになる。

「……(わたる)、先輩……?」

消え入りそうな声で名前を呼ぶ。彼は表情を変えることなく、真っ直ぐに羅華を見つめた。

「……久しぶりだね、羅華……」

忘れようとしていた顔。
でも、きっと一生忘れられない——昔、身を切るような恋をした人の、面影。



胸の奥で、静かに何かが軋んだ。


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