蜜味センチメンタル
「……原岸…か。そうだよな。昔と名字が違ってたから気付かなかったよ…」
その声は穏やかだったけれど、羅華の心は穏やかではいられなかった。
胸の奥で、昔の記憶がひとつ、またひとつと浮かび上がる。
過去の恋。終わらせたはずの感情。
でも、目の前の“彼”が白衣のまま立っているという現実が、それを強く引き戻してくる。
「……どうして…先輩が……」
「去年の春からここに移って医者として勤めてる。それで今回、君のお母さん——原岸華恵さんの担当医になった」
声がうわずるのを、なんとか押し殺して言葉を繋ぐ。
弥も、少しだけ目を細めた。
「患者さんの名前だけで引き継ぎを受けてたから、俺もさっき顔を見て驚いたよ」
そのまま少し沈黙が流れた後、弥がふっと視線を移した。
「……ところで、外にいた方は?」
「あ……えっと……私の……恋人、です」
一拍置いてから、そう言った。
言った瞬間、弥の瞳がわずかに揺れたのを、羅華は見逃さなかった。けれど彼はすぐに表情を整え、淡々とした口調で告げた。
「病状の説明をするにあたって、ご家族以外の方は別室でお待ちいただくことになってて……看護師に待合室まで案内してもらいます」
「……うん、分かった。伝えてくる」
羅華が病室を出ると、すぐそばの廊下で待っていた那色が立ち上がる。
那色は羅華の顔を見るなり、安心したような表情を浮かべた。