蜜味センチメンタル
その瞬間、ふと気配を感じる。視線を横に移すと、少し離れた場所からこちらを見ている白衣の男がいた。
病室前で見かけた医師だ。
その表情は無表情に近く、何を考えているのか読み取れなかった。
けれど視線は、確かに羅華に向けられていた。
——……あの男、誰だ?
病室前で彼女の姿を見てからずっと、どこか空気が違っていた。
医師としての視線というには、あまりに個人的で、近くて、そして何より——熱を含んだ目をしていた。
それはまるで、 いまだに消すことができずに燻る、余熱のような。
——まさか……
那色の心が、わずかにざわつく。
「……じゃあ、送ります。実家まで」
「えっ、いいよ?もう夜だし……」
「いいから。心配ですから」
強めの声が出たのは、きっと動揺のせいだ。
そのことに自分でも気づきながら、那色は無理やり微笑んだ。
羅華は戸惑ったように少し目を伏せ、それでも小さく頷いた。
「……ありがとう」
そう言った彼女の横顔は、どこか遠くを見ているように感じた。
その隙間に、名も知らぬ誰かの影が差しているような気がして、那色の胸が再びざわつく。
羅華の表情に、那色はひとつの予想を思いつく。もしかしてあの男が、羅華の元恋人であり——忘れられない男なのだろうかと。
それを確かめる術はない。
けれど、今の羅華には、自分の知らない時間が確かにあるのだと痛感した。
けれど今は、何も言えない。ただでさえ母親の入院で不安を抱える羅華に、これ以上追い討ちはかけられない。
だけど、悔しかった。