蜜味センチメンタル

帰り道、二人の間を流れる空気は、いつもより静かだった。

病院からの帰り道。
羅華の実家までの短い距離を歩くあいだ、言葉はほとんど交わされなかった。

「寒くないですか」

そう声をかけても、羅華は「大丈夫」と笑ってみせる。
その笑顔がぎこちないのは、寒さのせいだけではないと分かっていた。

——……あの医者のこと、話してくれないんだ

聞くのは簡単だった。けれど、聞いたところで何が変わるだろう。ただでさえ気丈にふるまっていた羅華に、余計な重荷を背負わせたくなかった。

「ここまでで大丈夫だよ。ありがとう、那色くん」

羅華が立ち止まる。そこは、彼女の実家の門前だった。

「荷物、部屋まで運びますよ」

「……ううん、ほんとにいいの。これくらい平気だから」

那色は小さく頷くしかなかった。
それ以上を望むのは、今は違う——そう、頭では分かっていた。

「じゃあ……無理しないで。何かあったら、すぐ連絡ください」

「うん。ありがとう」

微笑みながら頷いた羅華の顔は、やさしくて、どこか遠くて。

まるで何かを抱えて、そのまま心の奥へ沈んでいくようだった。


今の彼女の心に、ちゃんと自分はいられてるんだろうか。

ドアが静かに閉まる。
その音が、胸の奥に鈍く響いた。

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