蜜味センチメンタル
部屋に戻ると、那色は手を洗って、お湯を沸かして、気づけば自然といつもの居場所に落ち着いていた。
その姿を見ているだけで、安心する自分がいる。
だけど、どこかぎこちなさもあった。
そう感じるのはきっと、羅華の心に言いようのない影あるせいだ。
チョコレートを渡すタイミングを見計らいながら、羅華は内心何度も那色の姿を追っていた。
でも、こういうのは勢いじゃなきゃ渡せない。
「……あの、那色くん」
「はい」
「これ、バレンタイン。…受け取ってくれる?」
テーブル越しにそっと差し出す、小さな箱。
赤いリボンをかけたそれを、那色は一瞬驚いたように見つめたあと、ゆっくりと手に取った。
「……嬉しいです」
「ほんとに?」
「ええ。だって、羅華さんからですよ?」
当たり前みたいに、言う。
そんなふうに言われたら、もうなにも言い返せなくなってしまう。
「でもね……」
羅華は、小さく息を吸った。
「実は、そのチョコ……手作りで」
「えっ、羅華さんが?忙しいのにわざわざ作ってくれたんですか?」
「う、うん。……だけどその、お菓子作るの初めてだから……ちょっと、ほんのちょっと、失敗したというか……」
羅華の声は、少しだけ小さくなる。視線も、那色の胸元あたりをふらふらと彷徨っていた。
「……焦げた?」
「そこまでじゃないけど!……なんか、見た目とか固さとか、レシピ通りにはいかなくて」
言いながら、羅華の眉が困ったように下がる。
だけど、その不器用な一生懸命さがたまらなく可愛くて、那色はそっと微笑んだ。
「でも、手作りなんですよね」
「……うん」
「じゃあ、それが一番です。失敗してても、世界で一番嬉しいです」
「……普通に褒められると、なんだか拍子抜けしちゃう。絶対揶揄われると思ったのに」
「恋人が頑張って作ってくれたものに嫌味いうわけないでしょう。僕をなんだと思ってるんですか」
そう言いつつも、那色は包みを胸に抱くようにして、嬉しそうに箱を見つめた。
それがまるで宝物でも包んでいるかのように、大切に、丁寧に。
羅華の胸の奥で、何かがあたたかく溶けていく。