蜜味センチメンタル
・†・゚゚
その朝は、やけに静かだった。
窓の外では風もなく、雲の切れ間からうっすらと光が差していた。
けれど、羅華の胸の中には、どこか重たいものが沈んでいた。
今日は、母の見舞いに行く予定だった。
病室の風景。白いシーツ。無機質な壁。薬の匂い。
全てが当たり前の光景。
それでも、今日みたいな日は足が重くなる。
どこか冷たい、あの病院独特の空気。
それ以上に、心を曇らせるものがある。
——弥くんに、会うかもしれない。
直接話すことはない。顔を合わせたところで、何が起きるわけでもない。
そう自分に言い聞かせても、身体の奥の方でわずかにざわつくものがあった。
——もう終わったこと。もうなにも、関係ない……
過去を蒸し返したいわけじゃない。
でも、まだ心のどこかに残っている“何か”が、完全には消えてくれない。
ほんのわずかな沈黙の隙間に、ふと顔を出すあの記憶。
もういらないはずの声や、思い出。
終わったと信じたいのに、終わりにできていないのは自分自身だった。
——ほんとうに、最低……
いま隣にいてくれる那色を、曇りのない気持ちで見つめたい。
あの子の手を、まっすぐに取っていたい。
でも、それでも。心の奥で何かが絡まったままほどけていない。
未練じゃない。後悔でもない。
ただ、まだ自分の中で決着がついていないのだ。
こんな気持ちを抱えたまま、隣にいるのはずるい。
それでも傷つけたくないから、言えない。
だけどきっと那色は気づいてる。
あの子は、妙に勘が鋭いから。やさしい笑顔の奥で、そっと感情の機微を見抜いてしまう。
だからこそ、曖昧なままではいられなかった。
早くきちんと整理しなければ。
……これ以上、嘘はつきたくない。
「……はあ…」
ベッドの縁に腰かけて、しばらくのあいだ動けずにいた羅華は、やがてゆっくりと息を吐いて立ち上がり、外へ出た。
肌寒い朝の空気が、追い打ちをかけるように羅華の肌を突き刺した。
その朝は、やけに静かだった。
窓の外では風もなく、雲の切れ間からうっすらと光が差していた。
けれど、羅華の胸の中には、どこか重たいものが沈んでいた。
今日は、母の見舞いに行く予定だった。
病室の風景。白いシーツ。無機質な壁。薬の匂い。
全てが当たり前の光景。
それでも、今日みたいな日は足が重くなる。
どこか冷たい、あの病院独特の空気。
それ以上に、心を曇らせるものがある。
——弥くんに、会うかもしれない。
直接話すことはない。顔を合わせたところで、何が起きるわけでもない。
そう自分に言い聞かせても、身体の奥の方でわずかにざわつくものがあった。
——もう終わったこと。もうなにも、関係ない……
過去を蒸し返したいわけじゃない。
でも、まだ心のどこかに残っている“何か”が、完全には消えてくれない。
ほんのわずかな沈黙の隙間に、ふと顔を出すあの記憶。
もういらないはずの声や、思い出。
終わったと信じたいのに、終わりにできていないのは自分自身だった。
——ほんとうに、最低……
いま隣にいてくれる那色を、曇りのない気持ちで見つめたい。
あの子の手を、まっすぐに取っていたい。
でも、それでも。心の奥で何かが絡まったままほどけていない。
未練じゃない。後悔でもない。
ただ、まだ自分の中で決着がついていないのだ。
こんな気持ちを抱えたまま、隣にいるのはずるい。
それでも傷つけたくないから、言えない。
だけどきっと那色は気づいてる。
あの子は、妙に勘が鋭いから。やさしい笑顔の奥で、そっと感情の機微を見抜いてしまう。
だからこそ、曖昧なままではいられなかった。
早くきちんと整理しなければ。
……これ以上、嘘はつきたくない。
「……はあ…」
ベッドの縁に腰かけて、しばらくのあいだ動けずにいた羅華は、やがてゆっくりと息を吐いて立ち上がり、外へ出た。
肌寒い朝の空気が、追い打ちをかけるように羅華の肌を突き刺した。