蜜味センチメンタル

——そんな簡単に、忘れられるの?

私は、こんなにも抱えたままなのに。


喉の奥がきゅっと締まる。言葉が出てこない。

「……あのとき、私が間違っていたのよ」

母の声が、静かに空気を裂いた。

「家のこと、世間の目、将来のこと……いろんな理由をつけて、あなた達の気持ちを引き裂いた。でも本当は……ただ、怖かったの。羅華ちゃんが誰かに心を預けて、私の手の届かない場所に行ってしまうのが」

羅華は、母の目を見た。
初めてそんなふうに言われた気がした。

「母親として、守ってるつもりだった。けど……それは、あなたを信じていなかっただけ。……ごめんなさい。あのとき、ちゃんとあなたと向き合わなかったこと、今も悔いてるの」

胸の奥が熱くなった。
その熱は、怒りなのか、悲しみなのか、自分でもわからない。

「ねえ、羅華ちゃん。あなた、今も弥くんのこと……」

「っ、…やめて!」

母の声を遮り、耳を塞ぐ。

……ずっと、言ってほしかった言葉だった。
でも、それを、今さら言われるなんて。

今は。今だけは。嫌だったのに。



「……どうして、今さら…そんなこと言うの?」

声が震える。
でも、もう止められなかった。

「私……忘れたくて、ずっとがんばってきたんだよ。終わったことだって、戻れないって……自分に言い聞かせて……それでも、ずっと夢に見てたの。思い出したくない場面ばかり、何度も、何回も」

視界がにじむ。けれど、涙を拭く気にもなれなかった。

「……やっと前を向こうとしてるのに。もう一度思い出させるようなこと、どうして今、言うの?……そんなの、ずるいよ…っ!」

泣きたいのに、泣きたくなかった。
それでも、頬を伝う涙は止められなかった。


「……今、付き合ってる人がいるの。お母さんが倒れたって聞いて、不安になる私に寄り添ってここまでついてきてくれた、優しい子。…やっとその人と出会えて、やっと好きになれる人を見つけたのに……どうして…っ」

震える声の向こうで、母は羅華を見つめていた。
その目に、言い訳も、強がりも、もうなかった。

ただ、悔いている——そんな真っ直ぐな感情だけが宿っていた。

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