蜜味センチメンタル
「……ごめんね、羅華ちゃん」
母の声は濡れていた。その響きに、ほんの一瞬だね胸の奥が揺れた。
けれど、どうしても受け止められなかった。
許したくないわけじゃない。でも今はまだ、受け入れる余裕なんてない。
この心の混乱に蓋をすることすらできないのに、「ごめん」とひとことで片づけられるのが苦しくてたまらなかった。
「……ごめん、私、今日は……もう帰るね」
声がかすれる。泣き顔を見られたくなくて、羅華は顔を背けるように立ち上がった。
「羅華ちゃ……」
背中越しに母の呼ぶ声が聞こえた。
けれど、振り返れなかった。
何かを言えば、自分が崩れてしまいそうで。
その場にいたら、きっと何もかもを許さないといけなくなりそうで。
……許せたら、楽になるのかもしれない。
でもそれは、とてもじゃないけれど今は無理だった。
羅華は逃げるように病室の扉を開けて、足早に廊下へと出た。
歩きながら、こみ上げてくる嗚咽をなんとか飲み込む。
——どうして今なんだろう。
どうして、あんな言葉をあんな風に言えるの。
私がどれだけ、あのあとも、ひとりであの記憶を抱えて生きてきたと思ってるの。
握ったスマホの画面に、那色からのメッセージが表示されていた。
[帰ってきたら連絡ください。会いに行きます]
その一文だけで、涙がまたにじんだ。
今、心を寄せているのは、那色。
なのに、心の奥では別の誰かの名前がまだ疼く。
どうしようもない矛盾が、痛みとなって羅華を締めつけた。