蜜味センチメンタル

「…っ」

——やめて。思い出させないで。

けれどそれを言葉にする前に、弥が続けた。

「こんな形で呼び止めてごめん。……だけど、どうしても、君と二人で話したかったんだ」

それはどこか懐かしいようで、酷く残酷な声だった。

羅華を見つめる弥の瞳には、かつての自分が恋したものと同じ、優しさと熱があった。

「……ずっと、会いたかった」

その一言で、堰が切れそうになる。

「……親のことも、妹のことも……全部、俺が向き合わなきゃいけなかった。だけど当時の俺には、それができなかった。羅華のことを守るどころか……傷つけて、離れることしか選べなかった。“壊すべき相手だ”なんて、あんな酷い言葉を妹に言わせておいて……何一つ、止められなかった」

拳を握りしめながら、弥は吐き出すように言った。

「俺は……ただ、弱かった。誰も傷つけたくなくて、誰からも責められたくなくて……結果的に、一番大事だった人を、一番傷つけた」

羅華を見つめる目は、あの頃と変わらない優しさを宿している。

羅華は、唇を強く噛んでいた。
思い出したくなかったのに、思い出してしまう。

——あのときのことを。
病室のベッドの上で、割れたガラス片のような痛みを抱えながら、必死に目を閉じていた自分を。

「もう遅いって、わかってる。……でも、君のことを忘れたことは一度もなかった。今でも、こうして顔を見ると……心が揺れる。困らせるって、分かってるのに……止められなかった」

その言葉は、羅華の胸に深く刺さった。

涙が、また頬を伝った。
自分でも驚くほどに、深く、重く、弥の言葉が心に落ちてくる。

忘れたつもりだった。過去にしたつもりだった。
でも、忘れられなかった。


あの時の恋。初めて本気で、心を捧げた恋。
終わっても、ずっと残っていた想い。


それは、羅華が夢の中で何度も願った言葉だった。

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