蜜味センチメンタル
「羅華、俺は……」
「やめて」
初めて出た言葉は、掠れていた。
「……やめてよ、そんなふうに、言わないでよ」
嗚咽まじりに絞り出した声。
胸が張り裂けそうだった。
「言ったでしょ?今、私には大切な人がいるの。あの頃のことを乗り越えて、ようやく出会えた、心から信じられる人。……なのに、どうして今さら…弥くんまで、そんなこと言うの……っ!?」
静かな悲鳴が、無人の空間に響いた。
涙が止まらない。
けれど、それ以上に怖いのは——この涙の正体が、那色への裏切りのように思えてしまうことだった。
「忘れられないなら、どうして……今まで連絡くれなかったの?…私は…私だって……——」
その先は言えなかった。言ったらいけない気がした。
「ずるいよ、弥くん……全部、やっと区切りをつけられたのに、何年も経ってから、そんな顔で、そんな声で……」
心の奥に閉じ込めていたものが、雪崩のように崩れていく。
羅華は、ようやく知る。
自分が、どれほど深く傷ついていたのかを。
そして、どれほどあの恋を、本気で信じていたのかを。
心の中でぐらぐらと揺れる現在と過去。
那色のことが、頭をよぎる。
その温かさ、その誠実さ。
今、自分のそばにいてくれる人。
でも——いま確かに、自分の中で何かが目覚めてしまった。
「……お願い、帰らせて…私……これ以上、ここにいたくない」
羅華は、顔を伏せて、談話室をあとにした。
弥は何も追ってこなかった。ただ静かに、その背を見送っていた。
足早に歩きながら、涙がまた頬を伝った。
羅華は、自分の中でいまだ終わっていなかった“想い”を、はっきりと知ってしまったのだ。
そして、その痛みごと、自分の気持ちと向き合わなければいけない時が来ていることも。