蜜味センチメンタル
大和の軽口に、那色は渋い顔をした。
「……茶化すんならこの話はやめます」
「まあそう拗ねるな。お前の憧れる大人の男として、いい事言ってやるから」
「別に憧れてませんけど」
睨むように言う那色に、大和は涼しい顔を返す。
「お前さっき言ったよな?羅華ちゃんには泣いてほしくないって。お前は、彼女にはずっと笑っててほしいんだろ?」
「そうですよ。だからなんだっていうんですか」
「じゃあ聞くけど。……その元カレとやらと会って、羅華ちゃんは幸せそうだったか?」
「……」
大和の言葉に、那色は言葉を失った。
目に焼き付いていた羅華の表情。
あの夜、病院で見た向き合ったあとの彼女の目は、どこか遠くを見ていた。痛みに耐えるような、そんな顔だった。
それは間違いなく、那色の好きな羅華の笑顔ではなかった。
「……笑ってませんでした」
かろうじて絞り出した声は、喉の奥で掠れていた。
「むしろ……苦しそうでした。まるで、置いてきた痛みを拾ってしまったみたいな、そんな顔で」
「なら、それが答えだろ」
大和の声は静かだった。
押しつけがましくもなく、ただそっと背を支えるようだった。
「その男との過去が彼女にとってどんなものだったとしてもだ。そいつを前にした羅華ちゃんが泣いて、お前の隣にいたときに笑ってたんなら……答えはもう、お前の中にあるじゃねえか」
「……」
「恋愛ってのは勝ち負けじゃない。だからこそ、“誰といるときに笑えるか”っていうのは結構大事なことだぞ」
那色は黙ったまま、手の中のカップを見つめた。
ふわりと立ち上るハーブの香りが、やけに優しく感じる。
「そいつに勝つ必要なんかないんだよ。ただ、羅華ちゃんの今の幸せがどこにあるか、ちゃんと考えてやれ」
「……」
那色は、深く息を吸い込んだ。
そしてようやく、まっすぐ前を見た。
「羅華さんの、笑った顔を、取り戻します。もう一度、僕の隣で」
「ん、それでいいんじゃねえの」
そう言って、大和はふっと笑い、グラスを片手に立ち上がる。
「じゃあ、俺は片づけしてくる。お前はもうちょい、ここで気持ち整理してけ」
「ありがとうございます。……ほんと、大人ですね」
「だろ?憧れたっていいんだぞ、弟よ」
「誰がするか」
口ではそう返しながらも、那色の表情には、少しだけ笑みが戻っていた。
そしてようやく、羅華の本当の心に向き合うための覚悟を、静かに、けれど確かに固める事ができた。