蜜味センチメンタル
タクシーを降りると、夜風がふわりと髪を揺らした。
視線の先にはすでに、マンションの前に立つ那色の姿があった。コートの上からマフラーを巻き、手はポケットに入れたまま、こちらを見ている。
その顔を見た瞬間、羅華の胸の奥がじんと熱くなった。
高鳴る鼓動と、ふっと肩がゆるむような安堵感。それが同時に訪れる。
——那色くん……
言葉も交わしていない。姿を見ただけ。ただそこにいてくれるだけで、張りつめていた心がゆるんでいく。
この感覚に、何度も救われてきた。
——そっか…私……
知らないうちに、那色のそばが一番落ち着ける場所になってた。
もうとっくに、自分の心が那色を選んでいたことに、彼の姿を見てはっきりと気づいた。
——弥くんのことは、好きだった。だけどあの日以来、私は泣いてばかりだった。
たしかに、大好きだった。でも思い出すたびに苦しんできた。
今だってそう。
忘れられないと言われたのにも関わらず、抱いた感情は喜びでも幸福でもなく、ただの戸惑いだった。
——私が今、そばにいたいのは……
羅華は静かに那色のもとへ歩み寄る。途中からは駆け足になり、勢いよく抱きついた。
「えっ、……ら、羅華さん?」
戸惑う那色の言葉にすら、また少し胸があたたかくなる。
「……ごめん、急に……でも、いま、どうしても……」
羅華は顔を那色の胸に押しつけたまま、かすれた声で言った。
「こうしたくなった。……那色くんの顔見たら…っ、体が、かってに……」
「……」
しばらくして、那色がそっと両腕を回し、羅華の背中をやさしく抱きしめた。
「……ううん。寧ろ、嬉しいです」
その言葉に背中を押されるように、羅華は静かに顔を上げた。
「中、入って……話せる?」
「もちろん」