蜜味センチメンタル
そのままふたりで静かな部屋に入る。その間では繋いだままで、冷えていた手はぬくもりに包まれていた。
廊下を抜けて奥のリビングへ進み、那色が上着を脱ぐ。ソファに腰を下ろすと、羅華もそれに寄り添うように隣に座った。

一拍の沈黙ののち、羅華はぽつりと話しはじめた。

「……先輩に、会ったの」

言いながら、羅華は自分の膝の上で手を組む。

「お母さんの担当医だった。……ごめんなさい。正直、動揺した」

那色の顔を見るのが怖い。羅華は顔を上げないまま、言葉を続ける。


「先輩との思い出は、いまでも全部大切。でも、思い出すたびに苦しくなる。胸が締めつけられて、泣きたくなるの。……だから、忘れられなかった」

目に、涙が浮かぶ。

「でも那色くんといると、違うの。心が安らぐの。振り回されてばっかりだけど、怒ったり…笑ったり」

視界が滲む。声を出すのだけでやっとだった。

「……笑えるの…私、気づいてた。那色くんのそばが幸せなんだって、知ってたのに……気持ちが、揺れた」

那色は何も言わずに、羅華の手をそっと包んだ。

「それでも……私は、今の私で、あなたといたいと思ってる。好きになってもいい?こんな私でも、そばにいてもいい?」

羅華の声は震えていた。でも、その目はしっかりと那色を見つめていた。

那色はふっと目を細め、静かに、力強く言った。

「……当たり前じゃないですか」

そう言って羅華の手を、そっと自分の胸のあたりへと引き寄せた。

「全部知ってた上で、羅華さんを好きになったんです。泣いてても、怖がってても、過去を抱えてても。……どんな羅華さんだって、まるごと大好きです」

その言葉に、羅華の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

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