蜜味センチメンタル
「那色く……」
名前を呼ぶだけで、また涙が溢れそうになる。那色はやさしく微笑んで、指先でそっと羅華の頬の涙を拭った。
「もう。泣かないでくださいよ」
そう言って、ゆっくりと額を合わせてくる。互いの呼吸が重なり、静かなぬくもりが胸の奥まで沁みわたる。
「羅華さん。僕は……たとえこの先も、君の中に先輩が残り続けたとしても、それでも構いません。記憶は消せないし、消さなくていいと思ってる。それも君の一部だから」
彼の声は静かで、でも揺るぎがなかった。
「無理に忘れさせるようなことはしたくない。むしろそんな過去も抱えたまま今を笑えるなら、そっちの方がずっといい」
その言葉に、羅華の胸がぎゅっと締めつけられる。
——なんで……こんなにも、あったかいんだろう
「……優しすぎるよ、那色くん」
「そう思うなら、それだけ僕が羅華さんを大切に思ってるって証拠ですね」
那色はほんの少しだけ声を明るくして続けた。
「羅華さんが隣にいてくれるだけでいい。あなたがどんなものを抱えていても、大事にしたい。だから……そばにいてください。今度は僕が、あなたを支えさせてください」
そのまま、そっと羅華を抱きしめた。優しくて、でも決して崩れない、しっかりとした抱擁だった。
羅華も、力なく彼の胸元に腕を回す。
心が、解けていく。
ずっと凍えていた場所が、ようやく春を迎えたようにあたたかくなる。
「……ありがとう」
かすれた声でそう言って、羅華は彼の胸に顔をうずめた。
「私……那色くんが好き。こんなに好きになれることなんて、もう二度とないって……そう思ってる」
「俺もです。羅華さんじゃなきゃ、だめなんです」
静かに見つめ合い、唇が近づいた。
触れるだけのキスは、確認するように優しく重なった。
どちらからともなく、もう一度唇を重ねる。さっきより深く、温かく。
何も飾らなくていい。過去を無理に消す必要もない。いまこの瞬間を確かめ合うように、那色に寄り添い続けた。
夜は静かに、そしてあたたかく更けていった。