蜜味センチメンタル

羅華が問い返すと、那色はゆっくりと口元を引き結び、少し迷うように視線を泳がせた。その目の奥には、何かを決心したような静かな光が宿っている。

「……羅華さん。さっき、就職先のこと聞かれましたよね」

「う、うん」

那色は少しだけ笑って、けれどその笑みはどこか緊張を含んでいた。

「僕、四月から……シスイ食品に入社するんです」

言葉が落ちた瞬間、キッチンの空気がわずかに凍りついたように感じた。マグカップを持つ羅華の指先が、わずかに止まる。

「……えっ?」

不意に、以前の那色の言葉を思い出す。

——「ゴリゴリの縁故入社なんで……」

確か彼は、そう言っていた。
それに気付いたとき、羅華の驚きは、戸惑いに変わった。

「いつ言おうかは迷ってました。荷が重いって思われたらどうしようって。……けど、式典に羅華さんが関わってるなら隠してはおけないし、今言います」

「隠すって……」

「僕の名字、まだちゃんと言ってませんでしたよね。——紫水です。紫の水と書いて、しみず。けどこれを音読みにしたら、どう読めます?」

「……おんよみ…って、まさか、」


紫水——音読みで、シスイ。


「……まあ、創業者一族ってやつです」

「!?なっ……」

驚きでそれ以上の言葉が出ず、返す言葉もなかった。

「そういう由緒ある家系だから、うちの父と大和の母は一緒になれなかった。……僕の母との結婚は、昔から祖父母間で決められてたそうですから」

「……じゃあ、那色くんは…」

「有体に言えば家の存続のため、家柄だけで決められた政略結婚の果てに用意された、後継者ってとこです」

「……」

羅華は言葉を失ったまま、手にしていたスマホをそっとテーブルに戻した。少しの音が、沈黙の中で不自然なほど大きく響く。


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