蜜味センチメンタル
「だから、ごめんね。酷いこと言って」
「羅華ちゃ……」
「でも、」
母の肩が、ぴくりと動いた。
「でもね……だからって、またそこに戻るつもりはないの」
「私は、"今の私"を大事にしてくれる彼と、一緒にいたいから」
羅華は、はっきりとした目で母を見つめる。
「……そう」
母が小さく声を落とす。その時の母の心情は、羅華には分からなかった。
「羅華ちゃんは……前に進めてたのね」
母の声には、安堵とも寂しさともつかない揺れがあった。
羅華はその言葉を静かに受けとめながらも、首を振る。
「違うよ。前に進ませてくれたのは、那色くんだから」
「那色、くん……?」
母が初めて聞く名前に、そっと首を傾げる。
羅華は那色と過ごした日々を思い浮かべながら、少しだけ口元を緩めた。
「彼に出会って、自分の弱さも、過去も、ぜんぶ抱えたままでいいんだって思えた。それを全部許してくれる…優しい子。……だから私は、やっと“今”を選べるようになったの」
母はしばらく何も言わなかった。
ただ静かに羅華の顔を見つめ、ゆっくりと呼吸を整えているようだった。
そしてようやく、かすかな声でぽつりとつぶやいた。
「……そう。そんな人と出会えて、本当に……よかった」
その声はかすれていた。
長い間、胸の奥に押し込めていたものが、いまようやくこぼれ落ちたように。