蜜味センチメンタル
「ただやっぱり、偏見はありますよね。最初の自己紹介から、なんとなくこれが後継かっていう空気を出されてる感じはあります。でもまあ、昔からそれなりに叩き込まれてきたしね。驚くほどじゃないです」
「そういうの……やっぱり、あるんだ」
あっけらかんと言い放つ那色に羅華はどう返していいか分からず口籠る。
「ただまあ、そう悪いことばかりでもないですよ」
「どういうこと?」
「この立場のおかげで、式典の企画チームに入れてもらえることになったんですよ。新人のくせに」
「えっ」
フォークを持つ手が止まった。
思いがけない言葉に、羅華の中で、どくんと胸を打つ音が鳴る。
「広報と経営戦略で合同タスクが組まれてて。僕、そっちの担当で。来週から顔合わせですけど、こっちのチームと接点も出てくると思います」
——それってつまり。
現場で、那色と顔を合わせる日が来る。
社外の立場ではなく、“式典の関係者”として。
「……変な感じだね」
ぽつりと漏らすと、那色がふと視線を向けてくる。
「なにが?」
「仕事の現場で、取引先の御曹司としての那色くん会うって思うと、ちょっと不思議」
「僕はけっこう楽しみですよ。羅華さんの仕事姿を間近でみれるんですから」
「私……別にたいしたことしてないよ」
「恋人とは違う顔が見れるってことが重要なんです」
「何それ。なんか恥ずかしい」
「あ、でも……羅華さんがうちの社員に口説かれてるの見たら、つい御曹司の権力行使しちゃうかも」
「……冗談、だよね?」
「さあ?どうでしょう」
また、ふたりで笑い合った。
小さな会話の一つひとつが、たしかに心を満たしていく。
春の朝の光は穏やかで、これからの変化をほんのり予感させながら、ふたりを包み込んでいた。