蜜味センチメンタル


「原岸さん、これ追加の配布資料です。控室ぶんと、念のため予備も分けてます」

同じく黒いリボンをつけた、スタッフチームの若手から声がかかる。

「あ、ありがとう。私が持っていくね」

はっと我に返り資料の束を受け取ると、手早く分類し直してフォルダに収めた。

懇親会はあくまで式典前の顔合わせ。その裏では、進行や変更の微調整が常に走っていた。

テーブルの合間を縫うように歩きながら、羅華は社名入りのリストと会場の見取り図を見比べる。

——次は、メインスポンサーとPR担当の挨拶時間調整……

歩きながらイヤモニを軽く指で押さえると、担当ディレクターの声が入ってきた。

「原岸さん。TNTの報道チーム、あと10分で入ります。受付済みました」

「了解しました。控室へスタッフを通してもらって大丈夫です。備品も手配済みです」

応じる声は、極めて冷静だった。

でもほんの一瞬、視界の隅に再び那色の姿がちらりと映る。

——……だめ。今は集中しないと


懇親会は進行中でも、営業部の仕事は裏で走り続けている。予定に変更があれば即座に拾い、現場とすり合わせ、上司に報告。

会話は短く、判断は速く。
笑顔は忘れず、でも情は持ち込まず。

「原岸さん、あのテーブルの資料、誰が管理してるかご存じですか?」

「それなら企画部です。私が伝えますね」

「ありがとうございます。もうこっちは手一杯で……原岸さんが全部のタスクを管理しながら動いてくれてて、本当に助かります」

「いえ、慣れてるだけですから」

同僚の軽い微笑み返しつつも、胸の奥では波のように感情がさざめいていた。

……さっきから、何度目だろう。
気づけば、また視線が同じ方向を向いていた。


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