蜜味センチメンタル

那色の周囲には常に人がいた。

重役、取引先、業界関係者。その誰もが彼に一目置き、その立場にふさわしい会話を交わしている。彼自身も、それにきちんと応えていた。

いつも、あの部屋で無防備な笑顔を見せてくれる人と同じとは思えないほどに。

……あたりまえだ。彼はずっと、ああして“シスイの顔”として、この世界に立ってきたのだから。

 
「原岸さん?」

「……あ、ごめん。なんでもない」

軽く首を振り、資料を抱え直す。仕事に集中しなければ。感情はこの場に必要ない。

——それが、私の仕事だから。


控えめに区切られたテーブルエリアを抜け飲料コーナーの横に目をやったとき、ちょうど探していた姿が目に入った。

立ち話の相手と別れたばかりのようで、手元の資料に視線を落としている。羅華は迷わず歩み寄った。

「蓮水さん」

声をかけると蓮水もすぐに顔を上げ、軽く会釈する。

「原岸さん。ちょうど探してたところでした。控室のモニタリング、大丈夫そうですか?」

「はい。音声も入りました。現場での進行に合わせて広報担当にも合図を入れるようにしてあります」

「ありがとうございます。営業の方が現場を見ながら動いてくれて助かってます」

蓮水はわずかに微笑む。几帳面さがにじむ眼差しと、丁寧な物腰。どこか隙のない空気は出会った時から変わらない。

——この人と話すと、気が引き締まって助かる。

そんな内心を隠しながら、羅華もごく控えめに笑みを返した。
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