蜜味センチメンタル
次の現場に向かうため、スタッフ通路へ向かおうとしたそのとき──ふと視界の端で揺れる、オフホワイトのドレスが目を引いた。
反射的に、足が止まる。
柱の奥。ロビーへと続く廊下のあたりで、那色が誰かと並んで立っていた。
その向かいにいたのは、藍良だった。
白い光沢のあるドレスがシャンデリアの光を受けて、やわらかく輝いている。手にはグラス。初対面にしては、少し近い距離。
藍良は微笑を浮かべたまま、那色を見上げるように言った。
「──那色さんって……何というか、良くも悪くも“家庭のにおい”がしない方ですね。初対面なのに不思議とそう感じました」
一瞬、その言葉だけがまるで音のない空間に浮かび上がったように、羅華の耳に届いた。
那色は苦笑を浮かべ、ゆるやかにうなずく。
「そう言われることは、よくあります」
それだけのやりとりだった。どこにも嫌味はなく、腕を絡ませているといったようなあからさまな距離の詰め方でもない。
それなのに。
——……あんなに、近づく必要ないじゃない
胸の奥に、小さく棘が刺さったような感覚。
丁寧な会話。穏やかな声色。きっと周囲から見れば、社交的で洗練された“大人の会話”にしか見えないのだろう。
でも、羅華には違って見えた。
藍良は一歩、那色のほうへ身体を傾ける。グラスを持つ手が軽く揺れ、ドレスの裾がふわりと揺れる。
——離れてよ……
言葉ではなく、その距離感に、体温に、無意識に心が反応する。胸が、ひりつくようにざわめいた。
焦りにも似た感情が胸の内側をざわつかせていく。
呼吸が浅くなりそうで、羅華は目を逸らそうとした。
その瞬間だった。