蜜味センチメンタル
藍良がふいに視線を横へ流した。まるではじめから、そこに羅華が立っていると分かっていたかのように。
目が、合った。
藍良は、驚くでも照れるでもなく——ただ、ふわりと笑った。
柔らかい、けれど、何かを知っている目。
「……!」
羅華の心に、鋭く針を刺すような寒気が走る。口元だけが上がったその微笑には、明らかに含みがあった。
羅華ここにいることも、きっと彼女は最初からわかっていた。
那色の横でごく自然に会話を続ける姿。偶然を装いながら、まるで“見せてつけている”ような振る舞い。
藍良は自分の立ち位置を、最初から正確に計算していた。
那色はまだこちらに気づいていない。隣にいる藍良だけが、自分の存在に反応していた。
——まさか……わざと、なの…?
そんな疑念が浮かぶ。
羅華は資料を抱えたまま、もう一度だけその場を見た。けれど今度は、藍良の顔が半歩だけ那色に近づいていた。
それを見た瞬間、胸の奥に何かがひどく冷たく落ちた。
堂々と、華やかで、人前に出ることも臆さない。誰とでも自然に打ち解けられるその姿は側から見れば対等で、お似合いに見えた。
——だけど、私は……
比べてしまう自分が、なにより悔しかった。
羅華は目を伏せると、そのまま静かに背を向けた。なにも聞かなかったふりをして、見なかったふりをして。
震える指先を隠すように、再び会場の奥へと歩き出した。