蜜味センチメンタル
「……!」
那色の胸に、軽く鈍い音が響く。
(……見られてたのか)
羅華の表情は硬かった。驚きとも動揺ともつかない。けれど、明らかに何かに怯えている目をしていた。
そしてほんの数秒ののち。羅華は視線をそらし、何もなかったかのように静かに背を向けていった。
誤解をさせるような行動も、そういった言葉も交わしたつもりはない。けれどこちらを見つめていた羅華の表情があまりにも辛そうで、どうしようもない罪悪感にかられた。
「那色さん?どうされました?」
嘉島は笑顔だった。その目に自分に対する熱は無い。けれど言いようのない、敵意とも執着とも取れるような、まとわりつく視線だけがあった。
——この女……一体どういうつもりだ…?
表面上は礼儀正しく、会話はごく当たり障りのないものだった。けれど時折、その中に微かに混ざる違和感。
自分に対してというよりも、自分を通してそこ先にいる別の誰かに向けたような視線。
ふと、那色の思考が止まる。
——さっき、羅華さんを見ていた…?
明確な根拠はない。ただ感覚的に感じた。
羅華のあの表情。まるで、傷口を抉られたときような——そんな目だった。
「……」
口元に浮かべていたはずの社交的な笑みがふと消える。
こんなことなら、さっさと離れておけばよかった。ようやく会えたのに、話せないままあんな顔をさせてしまうなんて。
(……ちゃんと話そう。あとで、ちゃんと)
そう胸の奥で、静かに誓う。那色は視線を戻しながら、ふっと目を伏せた。
隣に立つ藍良の声は、もう耳に届いていなかった。
——ただ、羅華の表情だけが、深く残っていた。