蜜味センチメンタル
───

片付けとミーティングを終え、解散となった頃には夜もすっかり更けていた。

同僚達を見送り、羅華は会場前に控えていたタクシーを見つけて乗り込む。

「T駅までお願いします」

運転手に伝え、ようやく肩の荷を下ろし体を背もたれに落とした。そのとき。

「待って!」

ドアが閉まろうとした直前、焦った声が耳に飛び込んできた。聞き覚えのあるそれに羅華が体を起こすと、ドアを遮るように、那色が立っていた。

「えっ…那色くん!?」

「──っ…はー……間に合った……」

スーツ姿のまま、ネクタイもゆるんだ那色がタクシーのドアを両手で押さえて立っていた。夜風にさらされた額には、うっすら汗がにじんでいる。

「あ、あの……すみません、一回降ります!」

慌てて運転手に頭を下げ、ドアを開けて外へ出る。

どうしてこんな時間に、彼がここに。問いかけようとしたその前に、那色が先に口を開いた。

「……驚かせてすみません。けど、どうしても今日がよかったんです」

その声は息を整えているせいか少しかすれていたけれど、いつになく真剣だった。

ふと、那色の手が伸びてきた。そのまま抱きすくめられ、泣きたくなるような幸せに包まれる。

「やっと…触れられた」

耳元で囁かれる声は切実で、どれだけ彼が会いたいと思っていてくれたかが伝わってくるようだった。

「……っ、那色く…」

私も会いたかった。こうしたかった。
どの言葉も声にならず、名前を呼ぶだけで精一杯だった。

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