蜜味センチメンタル
「だけど那色さんって、ああいう大舞台でもまったく緊張しなさそう。さっきの来賓対応も見てましたけど、本当にすごいですね。その若さであれだけの相手に物怖じせずに応対していて」
言葉だけを聞けば、それは賞賛のようにも思える。
けれど那色の耳には、褒めているようでいてどこかで見下している。そんな皮肉のにじんだ声音に聞こえた。
「そうですか」
興味のなさを隠さずに短く返し、再び資料に目を戻す。だが、もはや内容は頭に入ってこない。
隣から漏れる声がやけに耳障りで、静けさだったはずの空間が濁っていくのを感じる。
その嫌な気配を決定的に変えたのは、彼女が口にした名前だった。
「……原岸羅華」
手が止まる。
ゆっくりと視線を上げると、藍良はわずかな笑みを浮かべて、こちらを覗き込んでいた。
「代理店の責任者なんですよね?この式典の」
「……」
「付き合ってるんでしょう?彼女と」
まるで今日の天気でも話すかのような軽い口調だった。
那色はゆっくりと資料を閉じた。パタン、とカバーが閉じる乾いた音が静寂を引き締める。
視線の温度を落としながら、藍良の目をまっすぐに見据えた。
「……それ、あなたに関係ありますか?」
声は穏やかだったが、感情の起伏はそこにはなかった。水面のように揺れず、透き通るほどに冷たい響きだった。
しかし藍良はひるむどころか、軽く肩をすくめて笑う。